21世紀COEプログラム同位体が拓く未来−同位体科学の基盤から応用まで−
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融合展開分野 文理情報部門


1.元寇船の木石碇に関する研究


2.岐阜県恵那市上矢作町「海」に関する研究


3.モナザイト・ジルコン粒子の年代マッピング法の研究

 


1.元寇船の木石碇に関する研究


元冦(蒙古襲来)は最も良く知られている歴史の一つである.元冦については,多数の研究が多面的に実施されているが,なぜ元冦がおきたのかという点は曖昧なまま残っている.文書記録に基づいて,元の世祖が,(1) 対日貿易の利を知ってその朝貢を欲した,(2) 単純な土地征服と物質略奪,(3) 南宋征伐に際して日本の南宋援助を慮った等の説が提唱されているが,何れも確定的ではない.文理情報部門は,元寇で使用された膨大な艦船の建造地を同定して文書記録と統合することが目的解明の鍵となると考えて,長崎県鷹島海底遺跡から出土した木石碇(図1)を年代測定し,その産地(元寇船の建造地)を同定した.

木石碇
図1 長崎県北松浦郡鷹島町 神崎港海底から出土した木石碇.

木石碇の全長は約6 mに達し,この碇のサイズから推定される船は40 m級の大型船である.炭素14年代測定法で木石碇の竹策を測定した結果,西暦1279年(暦換算年代,誤差範囲が1268〜1284年)であった.この年代と随伴出土物から,木石碇は弘安の役(1281年)の元寇船のものと推定される.

碇石はアルカリ長石花崗岩で造られている.この碇石の年代は,CHIME法 (U-Th-total Pb CHemical Isochron MEthod=トリウム-ウラン-全鉛アイソクロン法:鉱石の年代測定法)で,1億8百万年と測定された(図2).この年代のアルカリ長石花崗岩は中国南東部の福建省泉州地域に産出する(図3).したがって,木石碇を積んでいた艦船の建造地は泉州であると推定される.

花崗岩碇石のCHIME年代
図2 花崗岩碇石のCHIME年代.

花崗岩年代の分布
図3 コリア半島南部と中国東南部の花崗岩の年代(Maは百万年).

結論:弘安の役の元寇船の建造地は泉州 → 元寇にはイスラム商人が関与?

泉州:南宋末期から元の時代における世界最大の貿易港.蒲寿庚とその命令・管轄下にあったムスリム商人を中核とする貿易船団の拠点であった.

※本成果を紹介する記事が,日本経済新聞(2004年2月25日)Sunday Nikkeiに掲載された.

【発表論文】
  1. Suzuki, K., Karakida, Y. and Kamada, Y., "Provenance of granitic anchor stones recovered from the Takashima submerged site: an approach using the CHIME method for dating of zircons," Proc. Japan Acad. 76 (2000) 139-144.
  2. Suzuki, K., Oda, H., Ogawa, M., Niu, E., Ikeda, A. and Nakamura, T., "AMS 14C dating of wooden anchors and planks excavated from submerged wrecks located at Takashima in Imari Bay, Nagasaki Prefecture," Proc. Japan Acad. 77 (2001) 131-134.
  3. 鈴木和博, 唐木田芳文, 鎌田泰彦, "鷹島海底遺跡から出土した花崗岩碇石の産地は中国泉州か?", 鷹島町文化財調査報告書, 第4集, 鷹島海底遺跡X, 64-69 (2001).

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2.岐阜県恵那市上矢作町「海」に関する研究


岐阜県南東部の恵那市上矢作町に「海」という地名がある.その場所は上村川(矢作川の枝流)に沿う谷間で,長野県下伊那郡平谷村との境である.「海」という地名の由来は文書にも伝承にも残っていない.「海」の集落は,西南戦争で負傷した松本の出身者が木地師として住み着いたのが始まりと伝われ,その頃,既に「海」と呼ばれていたらしい.古老も「祖父や親が,なぜ海とよぶのか不思議だと言っていた」と語る.

2000年の東海豪雨の際に,抉られた河岸から成層シルト(砂より小さく粘土より粗い砕屑物)が出現し,かつてこの場所に堰止め湖が存在していたことがわかった.また,成層シルトが落ち葉や押しつぶされた苔の上に直接積層していることから,この堰止め湖をつくった大規模な山崩れは,洪水ではなく,冬季に起きた地震で誘発されたものと推定できる.

このシルト層最下部の埋もれ木の炭素14年代(暦換算年代)は西暦1517-1634年であるので,天正13年11月29日(1586年1月18日)の天正地震により「海」の堰止め湖が形成されたと結論される(図5).

天正地震は,マグニチュード8.0〜8.1と推定される史上最大級の内陸地震であるが,岐阜県南東部は激震域と見なされていなかった.堰止め湖を形成するような大規模な山崩れは震度6以上で生じるので,天正地震の激震域は従来説よりもはるかに東まで広がっていたことになる(図6).この拡大した激震域の面積から,天正地震のマグニチュードは8.1を越えていると推定される.

堰止め湖の規模
図4 上村川を堰止めた山腹崩壊と湖の規模.

天正地震の激震域
図5 文書記録から推定した天正地震の震度6以上の激震域(赤紫色実線内側)と拡大した激震域(赤色斜線部)との比較.

【発表論文】
  1. Suzuki, K., Ikeda, A., Adachi. K., Dunkley, D., Niu, E., Kato, T., Mori, S. and Fujii, N. "Finding of the legendary lake Umi in the Kamiyahagi area of Gifu Prefecture; a lake-damming rock avalanche triggered by the Tensho Earthquake in 1586," Proc. Japan Acad. 78 (2002) 111-116.

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3.モナザイト・ジルコン粒子の年代マッピング法の研究


文理情報部門では,遺跡から出土した岩石等遺物の産地同定を行うために,岩石の岩石学的・地球化学的特徴と共に,副成分鉱物として存在するモナザイトやジルコンの年代をCHIME法で測定してきた.モナザイトやジルコンの微細粒子(粒径50-300 μm)の各部をミクロンスケールで年代測定する方法がCHIME年代測定法であるが,一歩進めて,粒子中の年代と化学組成分布を視覚化(マッピング)すると,累帯構造(結晶が異なる年代や化学組成の部分から形成される構造)解析の信頼性が向上する.これにより,より確度の高い岩石の産地同定が実施できる.

鉱物粒子の年代マッピングにおいては,全領域をスキャンしてウラン・トリウム・鉛の含有量を測定する必要があるため,1区画における測定時間の短縮が重要となる.

CHIME法で重要なのは,信号強度の弱いX線への干渉補正とバックグラウンド補正であるが,これらの補正法等を改良することで1区画の測定に必要な時間を75秒から2〜3秒へ短縮した(図4)

モナザイトの年代マッピング

図6 年代差の大きい約5.3 億年のモナザイトの年代マッピング例.126×179区画,測定時間:〜13時間.

【発表論文】
  1. Asami, M., Suzuki, K. and Grew, E.S., "Monazite and zircon dating by the chemical Th-U-total Pb isochron method (CHIME) from Alasheyev Bight to the Sør Rondane Mountains, East Antarctica: A reconnaissance study of the Mozambique suture in eastern Queen Maud Land," Jour. Geol. 113 (2005) 59-82.
  2. Kato, T., "New accurate Bence-Albee a-factors for oxides and silicate calculated from the PAP correction procedure," Geostandard and Geoanalytical Research 29 (2005) 83-94.
  3. 鈴木和博, "電子プローブマイクロアナライザを用いたCHIME年代測定," 地質学雑誌 111 (2005) 509-526.
  4. Suzuki, K., Dunkley, D., Adachi, M., and Chwae, U., "Discovery of a c.370 Ma granitic gneiss clast from the Hwanggangri pebble-bearing phyllite in the Okcheon metamorphic belt, Korea," Gondwana Research 9 (2006). 85-94.

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